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タツノコプロ出身の笹川ひろしが

1981年?1987年にかけ、テレビ朝日系にてシンエイ動画によりテレビアニメ化された。この番組は、放送時間帯移動の変遷が大きかったのも特徴である(変遷の詳細は下記参照のこと)。2008年5月1日よりテレ朝チャンネル(CS)で平日朝7:30?8:00[1]で放送されており、2009年1月5日よりBS朝日アニメストリート内でも放送される。全話収録ではないもののDVD化もされた。

『ドラえもん』、『怪物くん』とヒットして来た、シンエイ動画・テレビ朝日の藤子アニメ第3弾。夕方の帯(18:50?19:00)と日曜の朝(9:30?10:00)に放送されていた『ドラえもん』の後番組である。このアニメ版ではタツノコプロ出身の笹川ひろしが総監督に就任。それまでの藤子アニメとは一味違った新たな方向性を見出し、後進の藤子アニメにも大きな影響を与えた。ハットリくん達がずっこけるときのセリフ「ズコー!」は子供達の中で人気を博し、その後の笹川の関わった藤子アニメは、『パーマン』の「ヘコー!」や『オバケのQ太郎』の「オター!」などにみられるように、ずっこけのセリフが決められた。また、笹川が過去に関わった『ハクション大魔王』に登場する「それからおじさん」に通じる忍者姿のカラスで『ソレカラス』(声:梨羽由記子)というキャラクターも作られた。また原作のエピソードの少なさを補うため、アニメオリジナルのエピソードが数多く作られている。

1983年3月に、月曜19:00?19:30の週一の放送に格上げされ、15分2話形式となる(後に新作一本と過去の再放送2本となった)。なおこの月の関東地区では、帯、日曜、月曜7時と並行して放送されており、まさに「ハットリくん尽くし」の月であった。翌4月に『パーマン』が帯で開始されると、帯放送からは撤退。更に「藤子キャラ御三家」として、ドラえもん、忍者ハットリくん、パーマンの頭文字をとり『ドラ・ハッ・パー』なる造語も流行した。

しかし1985年に『藤子不二雄ワイド』が放送開始されると再び時間帯移動する。他の藤子作品と共にこの番組枠内で放送された。その際、帯時代と同じ10分1話形式に戻され、キャラクターデザインや色指定も若干変更がなされた。1987年4月に『藤子不二雄ワイド』が終了すると、再び18:50?19:00の帯番組となり、同年10月より『パオパオチャンネル』枠(金曜日)で放送された。 なお、原作よりも一足早く1987年12月に放送は終了するが、最終回らしい内容とはいえず(影千代がひっそりとプラカードを持って「おわり」と告げたのみ)、次回からは何事もなかったかのように再放送が続けられた。

香港では『忍者小靈精』のタイトルで放送され、広東語版主題歌「忍者」も作られた。

総監督:笹川ひろし
監修:鈴木伸一
作画監督:富永貞義、桜井美知代、野部駿夫、山下征二、なかじまちゅうじ 田代和男、高野登、川島彰、細谷秋夫、他
美術監督:宮野隆
撮影監督:金子仁
録音監督:大熊昭
整音:中戸川次男、大城久典
音楽:菊池俊輔
編集:岡安肇
効果:小川勝男、赤塚不二夫(漫画家の赤塚不二夫とは別人)
録音:オーディオプランニングユー
スタジオ:APUスタジオ
現像:東京現像所
製作デスク:熊瀬哲郎
製作協力:パンメディア
背景:スタジオユニ
撮影:アニメフィルム
プロデューサー:小泉美明、菅野哲夫(テレビ朝日)、萩野宏(旭通信社)、加藤良雄(シンエイ動画)
製作:テレビ朝日、シンエイ動画、旭通信社

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2009年01月13日 13:35に投稿されたエントリーのページです。

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