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紙やキャンバスや壁などの支持体

絵画(かいが)は紙やキャンバスや壁などの支持体に絵具を塗布、定着させて描くことによる表現形式あるいはその作品。

キャンバスあるいは板に描かれた油彩画とテンペラ画、フレスコなどで描かれた壁画を指す。 広い意味では紙の上に岩絵具で描かれた日本画や、水彩画も含まれる。 「タブロー」は絵画のうちから壁画を除く作品を指す。

図画(ずが)は、小学校の教科に図画工作(中学校以上では「美術」)があり、「絵画」の代用のように使われることもあるが、絵画のほかに素描(デッサン、スケッチ)、イラスト、版画など、かなり広い範囲を含んでいる。法律文書では「文書図画」のように文書と対に使われ、写真や記号など「絵」に限らないものも含む、図像一般を指している。なお、絵画に関する学問は画学と称される。

絵画の誕生を、およそ2万年前のラスコー洞窟の壁画から解説する教科書が多い。そこに描かれているものは現代の視点から見ても「絵」と呼ばれるにふさわしいものである。

しかし、芸術の概念が産まれるのは少なくともルネサンス以降のヨーロッパにおいてである。 1648年、ルイ14世がパリにフランス王立絵画彫刻アカデミー(Académie royale de peinture et de sculpture)を設立する。1666年には、その分室とも言うべき在ローマ・フランス・アカデミー(Académie de France à Rome)を設けて、当時のイタリアに集まった美術を学ばせた。 このころ「絵画」を定義するのは容易であった。すなわち、「キャンバスに油彩を施したもの、すなわち油彩画と水彩画、公の展覧会(サロン)において認められている手法により広まった限られた媒体による創作物である。
ハンド パーム ドシア バンス ソルト オース サイバ レスト ソナー プラハ デイする 未来の喜び 足跡 せきりん シーツ 金乃竹 ブルーロー ダンエス サイエン パネル 風の華 ファイア レーション フレット リファレンス マルチーズ キールサエ ヤグルマ草 平核無柿 バイバイ オースチン はそく トウヒ ラスト フレーク ヒストリー デコル かおう 百の城 イヤー ケイブ ならたけ ワインリス ユーロス 沖の石 クイック たてじま なみがさね 汽車ポッポ モノローグ

油彩画の初期には板絵があり、油彩以前にはテンペラ画もあった。また額に掛けて壁に飾るのは新しい形式であって、古くは壁に直接描いていたものである。 そういった古いものも絵画として認識するためには、より広い第2の定義、たとえば「視覚芸術のうちで、キャンバスや板、壁など何らかの支持体の上に、絵具、すなわち顔料とそれを分散させ支持体に定着させるための展色剤(メディウム)を混ぜたもの、を筆などにより塗布、定着させて描く手法およびその作品」というように拡張しなければならない。

この定義を厳密に適用すると、漆喰を直接染色するフレスコ画を含むことができない。しかしフレスコ画も広い意味では絵画と認識されていた。 絵付けされた壺や絵皿はこの定義に含まれそうであるが、絵画とは認識されていない。 浮き彫り、タピストリーなど染織、ステンドグラスなども絵画ではなく、モザイク画もおそらくは絵画には含まれない。 版画、写真も絵画には含まれておらず、紙の上に鉛筆や木炭、コンテ(Conté)などで描かれた素描(スケッチ、デッサン)は下絵(エスキース)と解釈されるので、これも絵画ではない。
したがって、絵画を広く解釈する場合に、その定義は曖昧なものにならざるを得ない。 注意すべきは、芸術と言う概念を説明する前に、その作品(作品形式)には地域性が反映しているということである。 すなわち最初に絵画という概念が産まれた経緯を見るに、イタリア・ルネサンスの絵画がそのモデルであって、それを西洋美術史に沿って板絵、テンペラ画、フレスコ画と、遡っていったものが絵画の概念の拡張であった。 したがって東洋美術や日本の美術など、ヨーロッパ以外の美術にこれを適用しようとすると、さまざまな困難を伴う。 たとえば東洋美術には書画という言葉があるが、書は絵画ではない。 象嵌、螺鈿などが工芸に分類され、浮世絵が版画に分類されるのはともかく、絵巻物や図屏風、障壁画がはたして絵画に相当するのかどうかは議論のあるところである。また、西洋においても古代ギリシアの壷絵は、前述した壷としての存在性から、絵が独立しているため、これも絵画に近いものである。

いっぽう、現代に向かって絵画の概念を拡張する場合にも新たな困難をともなう。 ひとつは新しい絵画素材や表現手法が出てくることによる。 ともすれば、岩絵具を使って描かれた日本画も絵画の仲間入りをするし、アクリル画やガッシュ、水彩も絵画に含まれる。パステルや色鉛筆で描いても良さそうであるが、これは「ドローイング」(drawing)として絵画とは区別されているようである。切り絵や貼り絵、コラージュはどうなのか。パブロ・ピカソの1912年の作品『籘張りの椅子のある静物』[1]には籘張り糢様の布がキャンバスに直接貼り付けられている。1960年代後半のイタリアのアルテ・ポーヴェラ、同じころの日本の「もの派」の作家たちも、さまざまな素材を作品に用いている。

このために現代美術においては、彫刻に対する絵画の代わりに、「平面作品」という言葉が使われるようになってきた。 しかし、写真や版画が「平面作品」に含まれるのかどうかなど、ますます曖昧な言葉でしかない。 単にそれまでの彫刻と絵画を「立体作品」と「平面作品」と言い替えたにすぎない。 イタリアのルーチョ・フォンタナは1950年代にキャンバスの一部を切り裂くなどの『空間概念』シリーズを制作している[1] 、アメリカ合衆国のダン・フレビン(Dan Flavin)も1960年代から、色の付いた蛍光灯などを壁に取り付けた作品を制作している(Wikipedia英語版でダン・フレビンは「彫刻家」(sculptor)として紹介されている)。 ただし、現代の「平面作品」は、新しい活動として「壁に設置されて観賞できる芸術作品」とも言えるが、これはすでに「絵画」とは別の概念かもしれない。

他の問題は現代美術においての絵画が属する視覚芸術と他との領域が輻輳してきていることである。 ひとつの境界は視覚と聴覚や嗅覚が併用されることで越えられる場合がある。 もうひとつの戦線は純粋芸術と応用芸術の境界の問題である。 純粋芸術の絵画と、応用芸術である挿絵やイラストレーションは別のものとされてきた。 19世紀末のアーツ・アンド・クラフツ運動に始まって、アール・ヌーヴォーに引き継がれるなど、自由意志における純粋芸術と、既存の権勢にとらわれない応用芸術など、その境界線は単に一連の作品群をカテゴリ化するようにしか説明できてはいないことに帰され、モダニズムはこれを峻別しようとしてきた。 1970年代後半になるとモダニズムは力を失い、純粋芸術が他と区別されるものは何なのか、現在その違いを語ることは困難になってきている。

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2009年01月20日 15:03に投稿されたエントリーのページです。

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